ナイン・セフィラー
    著・榊蔡‐sai sakaki


  臼歯に載せたカプセルを一息に噛み砕くと、粉末の成分が苦く溶け、やがて緩やかな眠りに引き込まれた。ボートはその間に大きく進み、それまでみせていた針葉樹の山並み、真っ直ぐな樹木が三本だけ並ぶ小島、山羊の白い背が雪崩のように斜面を下るヒースの丘などと一変し、青白い切り石が丁寧に湖岸を縁どる、美しい城下町へと近づいていた。
  私の目覚めを見てとった船持の老人が、旦那、あんた随分と気もち良さそうに寝ていなさっただ、と背後の陽射しに痩せ細らえるその姿で、恐らくは笑っている。私は船底にしこる躰を起こすと、瞳孔の痛みが退くのを待ち、こちらを覗き込むような輪郭でいる少女を尻目にして身を逸らし、ボートがこれから向かおうという、美しい町並みを眺めるのだった。しかし不意に思い出し、ガイドに雇ったその少女に向かい、白鳥は居たかい、と声を掛けた。少女はすぐに落胆し、首を左右に振るのだった。眠りに落ちる少しまえ、彼女は美しい白鳥の群れが見えると言い、私は、それは楽しみだと笑みをやり身を横たえた。それからは船底を撫ぜる冷たい湖水を、絶えずこの背中で感じつづけていた気がする。ボートは滑らかな水面の上を、老人が船尻で楷を漕ぐ音、舳先で分かれる微かな水の音だけをたてながら進んでゆく。湖水に触れると、思うより速いその速力がわかる。
  私は船梁に腰掛け、清潔に澄んだ湖上の風を襟足で受けている。ボートは私の背後に向け、水の匂いを掻き分けながら進んでゆく。正面で対となる船梁には、溢れる赤毛をそよがせるガイドの少女が背凭れていて、彼女は私が眠っているあいだに、こうして船底に腰を下ろしているのであった。彼女は膝を抱きかかえるようにしゃがんでいる。向かい風にそよぐスカートの陰りには、まだ性器とは呼べぬ淡い部分が見え隠れしている。私が無防備にそこへと向けてしまった眼差しに気づくと、それでもとりたてて恥じるでもないその様子で、ゆっくりと木靴のつまさきを揃えスカートで隠した。それから白鳥の話をし、収穫祭で振舞われる数々の料理のこと、そして山村を離れガイドとしてあの盛大なイベントに立ち会えることの喜びを、身振りを加え表した。私は一つずつ頷いてやり、合間に船持と意味深い笑みを交わし、ときおり水に触れながら、心地よい船脚を楽しんでいた。
  湖水に支えられる町だった。船寄せは町の中央に在り、ボートは幾つもの石橋を潜りながら、家屋の谷間を進んで行く。その、後退してゆく石造りの町並みを眺めながら、私は川べりの路地を歩く花売りや樵を見かけては手を振り、彼ら彼女らが嬉しそうに手を振り返すのを見送っていた。少女は私の眼差しを追い、左右を幾度となく振り返りとしながら、人々の視線を背に受けて照れた様子でいる。彼女や船持の老人もそうだが、肌も髪の色もまるで違う異人の私を、この町も快く受け入れてくれそうに思えた。
  行き止まりが船寄せだった。実に様々な船が見て取れ、なかには小型の蒸気機関、モータードライブを搭載したボートすら確認できた。老人はそれらが停留する桟橋に向け慎重に楷を操るのだが、ボートはいちど強かに横腹を打ちつけてしまい、私たちを些か驚かせ喜ばせとしながら、どうにか平行し停船するのであった。私は彼に船賃を手渡し、夕暮れ前にここで落ち合おうという約束を取り交わす。彼は彼で、やはり祭りを楽しむ様子でいて、この町で時計職人を生業とする兄のところへ訪れると言い、眼を細く皺に埋め微笑むと、水面の輝きを全身に映しながら艫綱を結びはじめた。私は桟橋へ跳ね上がり、少女の小さな手の平をとる。小さく跳ねてくる彼女の躰はとても軽く、引き寄せると抵抗もなく桟橋に上がった。町の中央で湖水を湛える船寄せの情緒は、周囲でこれを囲う家屋により縁取られどこかあの円形競技場を思わせる。
  目抜き通りへ向け、これまでの水路を戻るように川べりを歩いた。背後からはその背のほとんどを隠すほどに長く、波打って多い赤毛を背負う少女、彼女の様子は、ガイドというよりも寧ろ私と同じ観光者そのものといった具合であった。彼女はどこかしこ既に盛況な、それぞれの家屋を覗き込み、そこで振舞われる御馳走や陽気な音楽に、眼を耳を奪われ落ち着きがない。彼女は取り敢えず私の前を歩くことだけで、ガイドとしての体裁を保っているといった具合であった。向こう岸に、通を離れた楽団に続き、煌びやかなドレスを振り乱す女たちを見てとると、まるで立場を忘れその瞳を輝かしているのだった。
  路地を曲り通にでると、そこは既に祭りの最中だった。ここまで充分に予感していたにもかかわらず、ここで一斉に音楽が溢れだした。バグパイプとスチールギターの伴奏、そして踊り子が輪になり木靴で敷石を鳴らす硬質な音が、耳もとの大気を貫いてゆく。人だかりに面する店舗では、軒を連ねる八百屋から仕立て屋までのおよそすべてが、業種に関わらず店先を開き、それぞれが即席のオープンカフェとして人々をもてなしていた。辺りには露店も多い。実に多くの御馳走が並べられていて、私はそのなかのひとつ、コッペパンに鹿肉とフライドポテト、そして歯応えのよいレタスをふんだんに詰め込んだものを買い求め、新聞紙で包まれるその一つを少女へと手渡し、すぐさま自分でも齧り付いた。鼻先でインクと印画紙の匂いがしそれが独特の風味となる。二人は頬を限界まで膨らませ、顔を円くして咀嚼し、それを見合わせお互いを笑い、女たちの情熱的な踊りを眺めるのだった。果実酒がだれかれ問わずと振舞われていて、私のもとへもホストが巡り、取らせたグラスになみなみと注いでくれた。彼は正装に纏うブラウスの袖を肘まで捲り上げていて、太い二の腕に渦を巻く金色の体毛が、高地の澄み渡る陽射しを受け輝いていた。私が礼を言い一息で飲み干すと、男は再び注いでくれた。彼は会話の前触れにいちど目笑し、人種に溢れる通にも、一際異彩と映るこの私に出身を訊いてよこした。私は故郷の地名を挙げる。あの名称、あの発声が、この世界の住民に聞き取れたかは些か疑わしいところだが、ともかく彼は微笑みながら、私の肩を繰り返し叩くのだった。彼が立ち去ると、私は黄色いピルケースからカプセルを一つ摘みだし、噛み砕き果実酒で流し込んだ。
  様々な催しものがあった。噴水を囲む広場では、逞しい樵たちが二人一組となり、両引き鋸で丸太切りの速度を競いあっていた。勝ち残ったのは双子の樵で、その瞬間、枕木の上で身の丈ほどの大木が二分されると、広場は盛大な拍手に包まれた。
  婦人たちは刺繍台を用いた輪投げに興じている。はじめは子供の遊び程度に思えたものだが、名人とされる者さえある競技と知り、そしてそのように見ればなかなか奥深いものであった。地区ごとに組み分けされる団体戦では、大いに盛り上がっていた。
  人々が一斉に向き直ると、広場が笑いと野次に包まれる。現れたのは、一目でそれが女装であると窺える男たちであった。彼らは町中を練り歩き、籠で抱える切花を一輪ずつ差し出しては、アイラインをベタ塗りにした色目とその裏声で愛嬌をみせ、観光客たちを喜ばせていた。最後尾を、年のころ還暦ほどと思われる老人が渋々とつづいていて、ライトグリーンのボンネットから覗くその眼差しは、同情に値するものだった。
  私たちは石壁に寄り掛かりながら、ちょうどつまさきを日溜りとの境界にする心地よい日陰のなか、ワッフルを齧り、とても有意義な時間を楽しんでいた。男たちから受け取った、白く小さな鈴生り切花を手渡すと、ガイドの少女は私を見て、一拍置き、笑顔にし胸に抱えるのだった。彼女はこうして、私の求める表情を瞬時に読み取り、正確におこなってみせる。広場で振舞われるピルスナービールで咽喉を鳴らし、私はワッフルの後味とカプセルを嚥下する。
  楽団を追い目抜き通りに戻ると、これまで思い思いであった人込みが、幾分列をなし、一尋ほどの奥行きで人垣になっていた。多くの首筋、そして肩ごしに覗き込むと、細長く仕切られた中央の余地ではアーチェリーが競われている。私は少女を抱え上げいちどだけ覗かせると、この競技により空席の目立つカフェテリアに向かい、白塗りの木椅子を引き、腰を下ろし大きく背凭れてゆっくりと長い息を吐き安堵した。眼を閉じると即座に目蓋が温まり、ちょうど日照に向くような体勢の全身が、シャツの生地をも透す陽射しにぼやけ輪郭を失う。耳もとでは、放たれた矢が的に刺さる乾いた音、結果しだいで喝采となり落胆となる人々の歓声が繰り返されている。私はそれを聞きながら、二秒間だけ眠り込んだ。正面にはオーダーを待つ女がいて、太陽になってしまっているその顔に火酒を頼み、少女にレモネードと言わさせた。
  少女は山羊のことを話した。自分一人だけで放牧させられるのだと言い、三頭いる山羊犬の名前を順に挙げた。犬たちは彼女の指笛に従い、餌場の丘陵まで羊を追い、実によく働くのだという。父はそんな彼女を自慢にし、この歳で見事に犬を操るその手腕をことあるごとに誉めてくれるのだそうだ。私は火酒を頬の内側に染みらせながら、陽射しに眼を細め、彼女が指揮をするという放牧の様子を思い描く。そのとき少女は、道端で拾った小枝を振り、まるで指揮者のタクトよろしく、風の隙間に鼻歌を描き歩いてゆく。山羊が首に下げる多くの馬鈴が歩調に鳴り、彼女の周囲を満たしていた。踏み均され下草の禿げた斜面の小径を、一団が草原を白く変えのぼってゆく。私の視点は、崖沿いの切り立ちに立つ一本杉、その木陰で冷える、下草を割り頭出す岩石の上、翼を休め嘴を頻りと岩で磨ぎつづける一羽のイヌワシのそれに然り。ガイドの少女は、彼女には大きすぎるグラスを抱え、慎重に傾けてレモネードを飲んでいる。
  肩を叩かれると、背後に船持の老人がいた。彼はその兄と一緒であり、そしてこの時計職人こそが、先ほど貴婦人に扮装し切花を配り歩いていた一団の最後尾、嫌々ながら引き摺られるようにつづいていた老人、その人であった。彼は群衆のなかでも一際異彩と映るこの私をあきらかに覚えていて、目の前の男がはたして、いま船持ちより時計職人として紹介を受けている自身、ライトグリーンのボンネットで女装する先までの自身との関連に気づいているのかと窺うような様子でいる。私は内心愉快ではあるが、この人物はたとえこういった場合であっても、おおやけに茶化してはいけいない人物であると理解していて、すみやかに目礼を交わすだけに止めるのだった。落ち合う時刻を確認し、船持の老人が立ち去った。それを追い時計職人の兄が背を向けると、少女が待ち兼ねていたとその様子で、テーブルに寝かした切花を咄嗟に指差すのだった。彼女がとても楽しそうに、老人の背と切花を交互に指すものだから、私は堪えきれず、声にして笑った。私たちの笑い声は彼に聞かれたかもしれない。しかし対面さえ上手く保てたならば、本人の名誉は守られるのであった。彼は私たちの笑い声を耳にしながらも、それとは知らぬ格好でまつりにのまれてゆく。
  私はこの少女と時計職人、そして高地の澄んだ陽射しの下で煽る火酒の火照りに、随分といい気分になっていた。通ではアーチェリーの勝者が決まったらしく、盛大な拍手とともに人垣が崩れはじめた。即座に踊り子たちが輪に並び、スチールギターの陽気な伴奏が、石造りの町並みに反響をしはじめる。散り散りになってゆく人々は、それぞれ接戦であったらしい競技の感想を囁いていて、それが重なり、交差しながら帯となり、やがてゆっくりと広がりながら、陽射しに触れて溶けていった。
  白塗りの円卓に向け、私たち二人が腰掛けるもののほか二脚の背凭れ椅子があるのだった。トロフィーを片手に、グラスファイバーの弓を持つ禿頭の男が相席の如何を尋ねるので、私はそれに、喜んで、と応じた。禿頭の男はいまだ高揚の最中にあるらしく、そもそも見るからに異界の人物であるこの私に話し掛けたのでさえ、その作用といった感が見受けられる。私はいつものように、人々のこういったことを見透かし、やがては見なくてもよいものを認識するまでに研ぎ澄まされてゆく傾向が、まるでレンズが収束させる光線のように密度を募らす顛末を恐れ、ちょうど置かれたピルスナーで彼の栄光を祝うと、カプセルを噛み砕き嚥下した。次いで火酒を頼み、退屈しているか、と尋ねると首を振る少女に二杯目のレモネードを頼み、アーチェリーのチャンピオンと次のジョッキでも乾杯した。彼は役場に勤めていて、去年の祭りでは惜しくも二位で敗退し、アーチェリーの練習は裏庭で毎日おこなっていて、これは数日間手をつけないだけでおよそ勘というものを失ってしまい、そもそも先の決勝戦で逆転するまでとなったあの素晴らしい一射は、日々の直向な鍛錬の成果であるというようなことを、たまたま幸運に恵まれただけなのだと打ち消しながら話している。私はその弓を触らしてもらい、構えると思いのほか重い弓力に驚き、退屈していないか、と少女に訊き、斜向かいの屋根で動いていない風見鶏を射ち落とす素振りをしてみる。アーチェリーのチャンピオンが椅子を鳴らし立ち上がった。私の背に廻ると、正しい構え方と的の絞りかたを指南する。私がそれをやってみせると、チャンピオンの知人である横広の体躯をもつ鍛冶屋が現れ、笑いながら椅子を引きそこでピルスナーを頼んだ。彼は喉を鳴らし一息でジョッキの底ちかくまで飲む。口髭に泡をつけたまま私に出身を訊いてよこすので、チャンピオンに弓を返し腰掛ける私は、恐らくは聞き取れないであろうあの世界の発声を彼に返した。彼には逆向きに回したテープレコーダーのように聞こえたのかもしれない。しかしともかくと頷いてよこすので、私もジョッキを構え乾杯し、火酒とカプセルを口蓋に放り込み、その炭酸で飲み下した。少女に退屈していないかと尋ねると首を振るので、シャーベットを頼んでやった。それに加え、次のピルスナーが届くころには、これまで臨席で遠慮がちに耳を傾けていた樵の男、チャンピオンと部署の違うこの町の役人、その従兄弟であるやはり隣町の樵がテーブルを並べてきた。私は彼ら一人ひとりとジョッキをぶつけあい、笑いあった。それぞれが相手に与えようとする印象と、ひた隠しにする印象を大いに見た。
  私は小用を宣言し、笑いながらそれぞれの肩を叩き席を立った。このカフェテリアが平日に販売するのであろう金物、壁に掛かる鋸やハチェット、煮込み鍋にいたるまでの金物を横目に、眩暈を抑えながら店内を進んでゆく。向こう側で溢れている光にむけ、木目調の店内に満ちた強すぎるニスを嗅ぎながら、どうにか歩きつづけた。光に包まれると裏路地に抜けていて、私は尾行を巻く犯罪者よろしく、戸口のすぐ横へ身を翻し、すぐさま石壁に背を沈め肩で呼吸し、慌てて取り出したカプセルを噛み砕き、内から火照るような顔面で、真っ白な陽射しを否応なしにと受け止める。私は目蓋を見つめながら動悸がおさまるのを待った。目抜き通りを離れただけで、随分と声は少なくなっていた。
  路地から山頂方向を見あげると、いちばん向こうに、ガッシュで塗り潰した単色の空がある。次いで残雪を纏い大気にやや霞む山頂、その手前に緑溢れる針葉樹林、そしてそこまで伸びる路地に沿い、臙脂色の美しい洋瓦がうねっている。敷石の路地は細く折れ曲がっている。それでも家屋に遮られずそのほとんどが見とおせる。しばらくのぼると、辺りは幾分と静まり返り、人々の喝采や音楽はいまだ聞き取れるにしても、それらは既に一つの層となり孤立化していた。それは坂の下に敷き広がる重い空気のように一体であり、私には昨日のことと同じだった。
  樹脂の弾力を利用した爪だけでとまっているピルケースの蓋を開き、いつまでもなくならないカプセル一粒を摘み出し、私は空に対し輪郭の明瞭な鐘楼を見あげながらそれを噛み砕いた。チャペルは迷える私のため、大きく寛大に開かれていた。昼尚暗い屋内に入ると、香油の匂いが鼻腔を突いた。私は参列者が並ぶはずの長椅子を両脇に見ながら、神聖な静謐に対しゆっくりと靴音を染み込ませるように、すこし下っている中央の通路を歩いてゆく。宣教台の向こうに神がいた。それは色ガラスであり、沈黙であり眼差しであり、見あげる者に内在する畏怖を触発するためだけにある装置であった。私は前列の長椅子に腰掛けると、こうべを垂れ、肩を震わせながら涙した。もちろんすべては演技であり、このステージに准じた茶番であるのだが、それでも充分に発散できた。
  やがてむせび泣く自らの声が遠退くと、チャペルは湧き上がる静寂に質量をもたらせはじめた。その慎重に満ちた気体のなか、私は襟足や手の甲、二の腕に生える柔毛を尖らせるようにして、針と針の接点のような緊張を受けていた。背後から足音が迫り、それは遠慮がちで、絨毯を沈めきれぬほどに小さく、軽く、やわらかかった。
  ガイドの少女は、私がそれを予見して空けてある長椅子の端に浅く座った。いまだ正面を向いたままでいる私を見あげると、静かに立ち上がり、肩から頭を覆うように抱き包んでくれた。私は彼女の匂いを感じながら、下から抱き上げるように立ち上がり、充分に余地のあるチャペルの端側に向けその躰を横たわらせた。溢れる赤毛が扇のように広がって、長椅子の木目を覆い隠す。私は少女に覆い掛かり、ブラウスの襟を止めている小さなボタンを一つずつ外し、その曖昧な鎖骨と胸元の肌を露出させた。いちど起き上がらせ、スカートと一体になっている胴着を頭から抜き取ると、下着をつけず全裸となるしなやかな肉体を、再び木目に横たわらせた。少女は自らの髪の上で眼を閉じたまま、チャペルの静謐に全身の肌を晒している。肩や首筋は驚くほど華奢に出来ていて、胸元は乳首の周辺で僅かにその輪郭を気づかせるのみ。性器はそれを隠す要素もなく、また隠されるべく要素もなく、柔肌の色のまま暗部をつくっている。前髪をよけくちづけると、すこしずつ舌先を絡めてきた。行為には小さ過ぎる躰を庇うように覆いながら、私は手先だけでケースを開け、取り出した一掴みのカプセルをすべて含んだ。噛み砕きながら彼女に与え、くちづけで溶けた粉末の辛辣な苦味を混ぜ合わせてゆく。頭髪にくちづけ、躰を折るようにして、背の低い彼女の部分に尖端をあてた。私は自身の尖端に溢れる体液のぬるみで少女の乾きを摩擦した。カプセルの成分が全身を駆けると、やがて彼女にも効果が顕れはじめ、その部分がすこしずつ出来上がってゆくのがわかる。彼女は私の眼下で身長を伸ばしはじめると、胸を膨らませ、性器を艶やかにはみださせてゆくのだった。私の尖端は、私以外の体液を帯はじめ、目当ての切っ掛けを感触しはじめる。私は少女を抱き起こし、私の腰に座らせながら尖端を沈めると、彼女自身の体重に加え、しかと掴んだ両肩に加重を掛け限度まで埋め込んだ。少女は息を止め声を失い、この私自身でさえ、なかば悔やまれるほどに強すぎるその圧力に思考を失った。私はすこしずつ体重の増してゆく肉体を抱き包んだまま、しばし微動だにできず、こそばゆく頬に触れている赤毛の向こうに神を見ている。性器の圧迫に呼吸を震わせながら、女を強く抱き締め、二人の間で成熟してゆく乳房の膨らみを感じている。すこしずつ圧迫がおさまってゆき、私が動作を加えはじめると、女は咽喉を詰まらせ、しかし快楽に目覚めだし、いつしかそれに同調をきたす。動作は激しさを増してゆく。私は色香を纏いだしたその表情を見あげ、そのくちを吸い、酸味をおびる互いの呼気を交換しあった。やがて最後の瞬間に向け、あの甘美な断絶と赦しに向け、私は体内に膨大な熱を蓄えてゆくのだった。動作は極限まで激しさを増してゆく。私は女の躰を強く跳ね上げ、抜きだされる寸前までの摩擦を往復させてゆく。ついにそれが訪れ、私は自身の体内に埋め込むほどの勢いでその躰を抱き、いつ果てるとも知れぬ夥しい因子を、彼女の体内に次々とほとばしった。私は束の間、ガラス造りの神像を見る。即座に漂白され、温かい海のなかを盲目に泳ぐ。全世界が鼓動と躍動に満ち溢れ、僕はそのなかで確立に挑み、消失を恐れ、素晴らしい奇跡に包まれるとやがて、その要素に受け入れられたのだった。はじめの分裂がはじまると、即座に因果が広がった。見上げる石堂のチャペルの天井が次々と折り畳まれてゆき、間に間で顕になる鮮やかな空を押し返すようにして、大きな影を落とし飛行船が覆いかぶさってくるのだった。やがて畳まれてゆく組石と入れ違いに、矢のように太陽へ伸びてゆく高層ビルディングの谷間となるダイヤモンドアベニューは、その青暗く重々しい日陰のなかに浸ってゆくのだった。いまやあれほどまでに盛大であったパレードも過ぎ去ってしまい、ブラスバンドの演奏も遠退き、かわりにしんみりとした奥行きの在る静寂をもちはじめていた。飛行船が過ぎると新しい陽射しがここへととどき、いつしかそれを見あげている僕の頬に貼りついた。それはまるで、収穫祭のあの日に少女が、酒を酌み交わす男たちのテーブルで、弓を構えるあの人の姿を見あげているときのものと同じ質感だった。あの人はあたしに、退屈していないか、と訊くと、バニラミルクのシャーベットを頼んでくれたの。僕は肩を縮めナップサックを背負いなおすと、手の平で転がしたカプセルをくちに放り込み、舌の上でしばらく弄び、臼歯にのせゆっくりと噛み潰した。溢れる成分が苦く舌に絡み、時間が全ての終わりにむけ距離を伸ばす。遠くで演奏の揺らいでいるパレードの方向を指差すと、ガイドに雇ったその女が、握る手をしっかりと握りなおしてくれた。僕は彼女に手を引かれながら、楽団に向け振り撒かれた紙吹雪やカラーテープを踏み締め、遠くで音楽が霞んでゆくダイヤモンドアベニューを歩いてゆく。角を曲ると、超高層ビルの色濃い日陰に入りなおし、そこから、澄み渡る空に引かれた新しいヒコーキ雲を、一齣ずつ見あげてゆく



<了>

2002/06/06 sai sakaki






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