冷たい血(ピジョンブラッド)

遠くで空転するセルモーターのような音をたてて
雨上がりの街鳩が
乱れた空へと舞い上がる
崩された鐘楼の巣へと帰ってゆく
わたしは逞しい腕に抱かれたまま
つばさの溶けてゆく輝きを目に入れて痛みになる

抱いた手に力を込めつつんでくれる
鼻先に触れる生地に染み込んだ人間の匂いがたつ
こどもの頃を知らないくせに
わたしの影になるその力
半分だけ見たいようにわたしを見て
半分はわたしがそれになり
わたしはこどものわたしのことを
人の子のように覚えている

風が凪ぐと石畳は鏡面になる
つまさきで幾つもの輪をつくり
精霊が踊るのならそれだけで良いのに
まだらに脱毛して痩せた犬が
街並みを滲ませて歩いてく
暖かい光線が射し込んで
人間がいきれ
頬がはり
息づかい ──
ふたりを包むこの外套が
すっかり乾いていたのなら良いのにと

残酷なことを知らなければ良いのに
なにも欲しがらないでいることを
赦してくれるのならいられるのに
滲んでゆく一滴の血のしずく
小さな鼓動
確率の低い膨大なマトリクスへと
はぐれた蜂はその水を含み
痩せた犬よ
雨上がりにも虹をもとめず
地中へ遠ざかる複雑な空の奧底に透けている
ストラトスフィア
見あげると明るんで奥行きを回帰する
二層の空

敷き詰められた鏡面をザラメで覆う
街路の風は乾いた緩急でこそばゆく
頬に冷たい
砕かれてゆく小さな思い
輝きに触れたなら音もなく反射する
ニュートリノの無数の矢 ──
時もなく
速度もなく
夥しく
わたしを正確につらぬいて
わたしの虚空へ潰えてゆく
そこには痛みなどあるはずもない
抱かれたまま見あげると手をのばしそして
指のあいだで重なった雲と
太陽と ──
溢れる放射と
街並みを低くかすめてゆく

ちぎれ雲はやい




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