アニュラスのカナエ


珊瑚礁のようなネムの花叢にふれて
またたく黒蝶らをあおぎつつ
灼けてゆく歩道のうえを
あるいていた
落雷のあと
丘のむこうでうずたかい雲はその背をかがめ
鼓動を安らぐ空のかなたへと
吸い込まれてゆくのだった

それまで雨は
コンクリートに鈍い艶めきを波うたせ温かい暗渠へ
襟足から
背筋をつたい踝にこそばゆく
どこまでも反響を篭もらせ
足取りに流す汗と混じりあい
血潮とお互いをさぐりあった

それから風は
まといつく額の髪をほどいてゆき
衣類をすっかり乾かしてしまい
遠いむかしに
あなたのこわい髪をなぜてからも立ち止まらず
ここで分かれてゆきながら
ぼんやりとした記憶のコードを
紛れ込ませる

そしていま
横目にする並木の梢がすれ違うそのむこうに──
 はばたき流れてゆこう群れのむこうに
朱鷺色にあわく紅をひく
羊雲が追われてかえる

それからずっと
空は際限もなく描き続けられてゆくのだけれど
坂道をくだりきり
うら若き竹林を抜けると目前に視界はひらけてゆき
黙する輝きにととのえられた鏡面に──
 土色の水のひろがりに
つぎつぎと描き足されてゆこうという
飛燕の輪のつらなり

事象がいっせいに騒ぎだし
埋め尽くされ
楽園がいまここに
できあがる

遠いむかしに
あなたが感じた喜びがきっと
ゆくすえのあなたに──
 たったいちども立ち止まらずに
その髪をそよがせる



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